2010年3月8日月曜日

(墓87)海外布教史の再構築に一言

【曹洞宗】海外布教史の再構築に一言
太田宏人

 一〇月二七・二八の両日、曹洞宗檀信徒会館で同宗総合研究センターの第一一回学術大会があった。その二日目、同センター講師の小笠原隆元氏(長野県廣澤寺住職)が「曹洞宗国際伝道史の再構築」という題目で発表を行った。
 発表の要旨は、同宗宗務庁が昭和五五年に発行するも、その一〇年後の平成四年に同庁による回収図書(いわゆる発禁本)の指定を受けた『曹洞宗海外開教傳道史』についての概略、発禁本指定の経緯、その再構築に関する提案であった。
 自身も同書の編纂委員の一人であった小笠原氏は、発禁本となった理由について「一五ページから一二三ページ等に今日の人権意識に照らして、その意識の欠如、差別的な文言や表現があった」と説明した。小笠原氏は反人権・差別への一定の理解を示したうえで、「海外布教師(現・国際布教師)の長年の苦労が時代の流れによって消え行くのは残念至極」と述懐した。
 同書の発行後、各国に曹洞禅を標榜する禅グループが多数誕生していることにも触れ、これらの新情報を加味しつつ、同書に再考・再検討したうえで「宗門海外布教史の再構築を」と気勢を上げた。
 参加した宗務庁関係者は「学術的な内容ではない。宗門全体の総意でも何でもない、単なる個人的な意見表明だ」と一蹴していた。その是非はともかく、小笠原氏の主張そのものは正鵠を射ている。同宗の海外布教史を網羅的に記した書物は、同書が回収されている現状では皆無である。
 たしかに同書は貴重である。とくに戦前の海外布教に殉じた先人たちの血涙のにじむ記録が刻印されているばかりか、当時の各布教地からの報告書(現在では所在不明なものが多い)等も採録されていて、史料としての価値が高い。
 しかし、『曹洞宗海外開教傳道史』の再構築は慎重に行わなければならない。先述の人権を侵害する文言や差別記述をはじめ、南米最古の仏教寺院を開創した同宗の上野泰庵を他宗の僧と断言してしまっているなど、致命的な間違いが散見されるのも事実だからだ。また、自宗への愛着ゆえの結果か、他宗の開教事情との関連性への配慮に欠如した記述も見られる。海外布教史を再構築するならば、これらの問題点を再検証するとともに、戦前の大政翼賛体制へ組み込まれた宗門の動向を真摯にトレースする必要もあろう。
 とはいえ、当時の布教師たちが夢に見、身命を賭して行った海外布教の歴史を記した唯一の書を、いくつかの難点があったというだけで発禁本に指定し、そのままお蔵入りという処分は先人に対して礼を失するものであろう。さらに言えば、歴史に学ぶという姿勢の放棄ともいえる。記述上の問題点は再校訂を加えればよいのだ。それとも、曹洞宗は戦前の海外布教そのものをなかったものにしたいのであろうか。
 仮に一部の国や地域に対して宗門が加害者の立場にあったとしても、すべての国際布教がそうであったわけではないこともまた事実である。
 欧州や南米に曹洞禅がさらなる浸透を見せる今、同書の問題をいかに超克するかということは、同宗の今後の国際布教の方向性にもかかわってくる重要事項と思われる。
(「仏教タイムス」2009年11月12日号掲載)