2007年9月4日火曜日

(墓42)ペルーの女子バレーを育てた日本人/加藤明/彼の墓の変遷

 ペルーの女子バレーチームの大恩人として、いまでもペルー国民から親しまれている故・加藤明。その墓は日本とペルーに建てられたが、ペルーの墓はその後、有為転変の運命に翻弄されることになる。
 加藤明は往年の名選手だ。生まれは昭和8年、神奈川県。慶應義塾大学のバレーボール部で活躍し、同30年卒業。実業団の八幡製鉄【ルビ:やわたせいてつ】(現・新日本製鉄)のバレーボール部に入り、5年間の選手時代には日本代表にも選ばれた。
 35年に現役引退後、母校・慶応大バレーボール部の監督に就任。指導者として、さらに輝かしい戦績を積み重ねる。
 請われて、ペルーの女子ナショナル・チームの監督に就任(昭和40年5月4日、リマ着)。まったくの無名チームを鍛え上げ、同43年の五輪メキシコ大会ではペルーの女子代表を3位に導いた。同54年に監督を引退。その後もリマ在住。
 1982(昭和57)年3月20日、リマ市内の病院で死亡。享年48歳。彼の死後、ペルーで初めて行われた女子バレーボール世界選手権(1982年)で、ペルーは決勝において日本を下し、念願の初優勝を飾った。この瞬間をテレビで見た世代は「生涯忘れない」と口々に語る。ペルーではもはや伝説だ。
 80年代は、ペルーの女子バレーの黄金時代であり、「アキラの時代」と讃えられている。ペルーでもっとも尊敬される日本人は、いまも野口英世博士と加藤明だ。けっして、勲章や名誉博士号を目当てに多額の寄付を送るどこかの宗教団体の代表ではない。


90年代後半に崩れ、2000年に改修計画が持ち上がった加藤明の墓

 加藤明の墓は、リマ市旧市街のエル・アンヘル(天使)墓地の正門をくぐり、数十メートル歩いた場所に「あった」。墓石は82年、ナショナル・チームのメンバーやOGたちが作ったものだ。
 本来は、黒い御影石で作られた台座の上に、鉄の棒で支えられた大理石製の白いバレーボールが乗った姿だった。ところが歳月の経過とともに、鉄の棒の腐食(錆)が進む。2000年初頭に取材したところ、この鉄棒は折れてしまっており、ボールは行方不明という無残な姿になっていた。そのとき、墓の管理人は「98年だったかな、ついに鉄棒が折れて、ボールが落下したんだよ」と証言した。「ボールはどこへ行ったか分からない」。
 当時、大理石製のバレーボールは「盗まれた」といわれていた。ペルーでは墓石や墓碑銘が盗まれ、再研磨されて売られることは「普通」だからだ。鉄格子がはめられている墓があるのは、そのためだ。しかも、エル・アンヘル墓地は一時期、あまりに治安が悪く、墓参者が激減していたほどの場所である(現在は、かなり改善された)。
 そうこうするうちに、ペルー日系人協会顧問のヘラルド・マルイ氏が「この際、新築する日本大使公邸内に、アキラ・カトウの墓を移転しよう」と仰天発言を始める。彼は、フジモリ氏が大統領に就任する10年も前に、日系人初の閣僚(スポーツ庁長官)になった人物で、日系社会の元老だ。
 96年~97年の日本大使公邸占拠人質事件のあと、同公邸は移転・新築となったが、その庭に墓を移転しよう、というのだ。しかし、いくらペルーの英雄とはいえ、一邦人の墓を公邸内に建てるのは、日本人的な感覚からすれば想像を絶する発想だ。だが、現地側にとってみれば、加藤明はそれだけの人物であった。
 結局、2000年11月3日、エル・アンヘル墓地の墓はリマ市郊外の公園墓地に改葬する一方、一般の「参拝」用として、大使公邸の眼前の緑地帯に、加藤明の記念碑が建てられた。これは厳密にいえば記念碑(モニュメント)だが、元々のエル・アンヘル墓地の加藤明の墓も、遺骨の一部だけが納められたといわれ、モニュメント的な色彩が強かった。モニュメントに献花することは、世界各国で通常おこなわれることであり、その行為と墓参の境界線は、あいまいである。
 一方、エル・アンヘル墓地の古い墓のほうは、「遺骨の一部」が掘り起こされた様子はないが、台座はさらに削り取られ、いまでは墓地の管理人や関係者しか、その石の塊が加藤明の墓であったということを知らない。
 加藤明の名は、ペルーで永遠に語り継がれるべきだ、という人がいる一方、「いまの子どもたちは、アキラ・カトウの名前を聞いたことはあるかもしれませんが、どれだけの偉業を成したか、知っているとは言い切れません」(バレーボールの元選手)。
 アキラ・カトウの名が、風化しようとしている。それは、ペルー側だけの現象ではない。新しい記念碑の建立について、現地の日系人向け新聞は報道しなかった。在ペルー日本大使館の要職にある人物でさえも、2006年の段階で「加藤明の墓は、いまもエル・アンヘル墓地にあるんでしょ?」と公言していた。
雑誌「SOGI」2006年(94号)掲載


【写真】2000年11月に落成した加藤明記念碑(リマ市サン・イシドロ区ハビエル・プラド通り22番地)

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