2007年9月3日月曜日

(墓20)INVITACION DE LA HADA/妖精の招待

アイルランドの南東部の港、ロスレアに着いた。
それから、バスに乗って、ニューロスへ。夜の9時だというのに、外はまだ明るい。
* * *

ニューロスからはタクシーしかない。
その日は、イニスティオーグ村まで行く予定だった。
街灯のない、真っ暗闇を、タクシーは走る。
道の左右には黒々とした森と、牧場が続く。

2時間ほどで、めざす村に着く。イニスティオーグのBB(bed and breakfast)は満員で、部屋はないという。この日は村のお祭りだった。パブには人があふれていた。
パブの店員によると、村のはずれにもBBがあるらしい。そういえば、ここへ来る途中に看板を見た(気がした)。

夜の11時。歩き出す。
石の橋を渡ると、街灯がほとんどなくなる。

月明かりと星影に照らされ、夜の霧が薄く立ちこ込める真っ暗な路を歩いていくと、右側に長い塀が現れてきた。目を凝らすと、苔むした墓石が並ぶ村人の墓地だ。
あまり、気分のいいものではない。夜の墓場は。
さらに進む。が、いつまで歩いてもその宿がない。
不思議に思いながら、牧場の横を歩いていると、不意にくしゃみが聞こえて、びっくりする。
・・・こんな時間に、誰だろう?
足元をなにかが、かすめる。
毛むくじゃらな、なにか。
それも、一回や二回ではない。しかし、それがなんだか、見えない。光がないのだ。
総毛立った。

アイルランドは、石と緑、そして妖精の国だという。
妖精といっても、背中に羽の生えたかわいい少女の姿をした「あれ」ではない。
陽気な妖精もいるが、たいていは悪戯好きな、ごついオヤジたちだ。人間に不運を招く、不吉なオバサンもいる。首なし馬にのった、騎士の亡霊が闇の中から走り出してくることもあるという。
妖精に連れていかれると、「ろくなことにならない」(アイルランドの昔話)。

だから、恐怖を感じた。
恐怖をこらえきれなくなったころ、道路に、思い出したように街灯が現れ、足元を走る「妖精」が見えてしまった。

それは、小さなリスだった。
シッポを高く持ち上げ、尻を弾ませて、路を走っていた。
それから、落ち着いて聞いてみると、くしゃみは牧場で寝ているヒツジのもののようだ。
それにしても、人間のくしゃみにそっくり。

12時。村へ戻ろうと引き返す。
例のBBへは、とうとうたどり着けなかった。道は、一本道だというのに…。

妖精の招待、だったのかもしれない。
墓地のところまでもどると、何かがうごめいているような気がした。
夜気の中に、イキモノを感じることができる太古の島。
アイルランドには、人間を謙虚にさせる、夜の静寂がある。

[ペルー新報]掲載(日時不明)記事を修正
アーメン。

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