毎日新聞は五月二五日、「不正送金一〇年で四二二二億円 外国人犯罪組織」という記事を掲載し、地下銀行への警鐘を鳴らした。
あなたは「地下銀行」と聞くと、どんなイメージを持つだろうか。汚れた金をプールし、資金洗浄を行う悪の集団――。そんな感じではないだろうか。同記事は「テロ対策として四月に成立した改正外為法の網をもすり抜ける海外送金が横行する実態が浮かんだ」という。しかし、取り上げる具体例はすべて今年四月以前のもので、資金洗浄への言及もない。テロとは無縁の在日“デカセギ”外国人(注)による故郷への送金代行にすぎず、「地下銀行」は不当な呼称である。
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「不法滞在=悪」と言い切れるのか
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「地下銀行」として摘発を受けるのは、送金代行業者(および個人)が多い。代行業者は、在日外国人から送金依頼を受け、日本の銀行経由で本国に送金、現地での払出しを行う。これがなぜ、“地下”銀行なのだろうか。過去の起訴状によると、代行行為および現地での払出し行為は「為替取引」として判断され、「為替取引を営業として行うことのみをもって、銀行業の免許を受けなければならない」と規定した銀行法に違反する――、という。
銀行法に反するから、地下銀行。こじつけだ。そして、当局の意図は別にある。警察庁は『来日外国人犯罪の現状』(平成一三年上半期)という報告書のなかで、「地下銀行とは、銀行法等に基づく免許を得ずに送金依頼された金を不正に海外に送金するものをいう」と定義している。『毎日新聞』社会部に取材を申し入れたところ、「(警察当局と)同様の認識のもとに(地下銀行と)表記しています」(小川一・統括副部長)とファックスで回答した。ところが、前述の報告書の該当箇所の直前には、「不法就労で得た収益や薬物密売等による犯罪収益を本国へ不正に送金している者がいる」という一文がある。当局は、地下銀行と不法滞在、麻薬密売をひとくくりでとらえているのだ。
断っておくが、筆者は麻薬密売に関わる存在をも「地下銀行ではない」と強弁するつもりはない。不法滞在も奨励しない。だが、「不法滞在となっている人=悪」という論理には単純には賛成できない。たしかに、不法滞在者による重要犯罪は起きているが、それは一部であって全員ではない。不法滞在という行為の善悪を判断する前に、彼らの本国の経済状態、世界的な出稼ぎ現象、日系人を優遇し、合法とする人種差別的な日本の査証行政、低賃金に甘んじる不法滞在者に支えられる国内の中小工場――といったさまざまな要素を考慮すべきだ。「法を犯せば犯罪者だ。悪法でも法は法だ」という意見もあるだろう。しかしそれでは、思考停止である。悪法を市民が検討も批判もできない国家体制づくりに荷担するようなものだ。
故郷へ仕送りをする「在日デカセギ外国人」という定義には、「まじめに働く不法滞在者」も含めたい。
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送金代行は銀行法に違反しない
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「送金代行が銀行法違反というのは、法的におかしい」というのは、経済法に詳しい小島秀樹弁護士だ。小島氏によると、為替取引を定義する法律は、じつは存在しない。「小山嘉昭氏の書いた『銀行法』では、『遠隔地者間において(中略)、直接に現金の送金をなすことなく、資金授受の目的を達成すること』とされている」という。
銀行法の立法理由となっているのは、第五二回帝国議会(衆院)における旧銀行法の「銀行法案外四件委員會議録」(昭和二年)だ。
このなかで、「為替取引のみを行う業務を銀行業に含めるのは不当ではないか」というある委員の質疑に応え、当時の大蔵省銀行局長は、「爲替業務ト申シマスモノハ(中略)、一方ニ於テハ與信(与信)――信用ヲ與ヘルコトヲ爲ス(中略)、一方ニ於テハ又受信業務ト致シマシテ、爲替資金ノ受入ヲ致ス、詰リ與信業務ト受信業務ヲ併セ爲スモノデ(中略)、(銀行業務である)預金ト貸付ヲ爲スト同一ノ作業ヲ爲ス」としている。
資金を預かり(上記では「受信」)、遠隔地で払う(同「与信」)という為替行為が、銀行による預金(同「受信」)および貸付(同「与信」)と同じだから「外國爲替ハ勿論ノコト(中略)、内國爲替デモ(中略)、銀行デナケレバ出来ナイ」。
だが、小島氏は「送金目的で資金を受取ることは預金ではない。預金とは、元本の返還が約束されており、利息を目的とするもの」と矛盾を指摘する。「受信と与信が為替というなら、信販会社のカード取引も為替だ。カード会社は銀行業の免許を持っていない。一般企業でも、前受金は受信、前払金は与信に該当し、為替と見なされる。送金代行のみを銀行法違反で摘発すると、法の執行の平等に反してしまう。外国人に対する役人の弱い者イジメです。何の目的で、このような摘発を行うのか分からない」と、訝しがる。
『毎日新聞』が具体例として紹介する「八年間にわたってペルーに計六八七億円を送金した送金業務代行会社」とは、日系ペルー人らによる組合組織で、「キョウダイ」という。会員から委託された故郷への送金を、当時のさくら銀行を通じ、一本化して本国へ送っていた。ペルーでの払出しは、上部団体であるパシフィコ信用貯蓄組合が行った。パシフィコはペルー共和国の免許を得た金融機関である。金融機関が行う与信(この場合の送金払出し)は合法なのだが、そのことは問題にもされなかったようだ。裁判は行われず、略式起訴による罰金(法人と代表者らに五〇~三〇万円)で決着している。
摘発当時、やはりマスコミによって地下銀行と断罪されたキョウダイだが、その後、送金に関わる営業を再開している。
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外国人差別助長する『毎日』の報道
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前出の『毎日新聞』小川副部長は、
「今回の記事では、地下銀行利用者への取材はしていません」という。「記事は、違法送金の現状を主に統計的側面から記事化したもの」で、「外国人労働者へのマイナス感情はまったくありません」という。しかし、当局による「地下銀行」なる用語や摘発事例を充分に検証せず、このような記事を掲載することで、在日デカセギ外国人に対するマイナス世論を醸成することにはならないだろうか。偏見と誤解に基づく外国人差別を助長していないだろうか。
資金洗浄にもくわしい弁護士の海渡雄一氏は、「この記事はひどい」と呆れる。そして、送金代行のみでの検挙については、「銀行法のたんなる形式違反に過ぎない。地下銀行とは別のもの。いってみれば“ふるさと送金”だ」という。
デカセギ外国人が送金代行を使うのは、日本の銀行での送金が困難だからだ。手数料も高い。言葉の問題もある。彼らの多くは時間給で働き、しかも間接雇用という弱い立場にあり、窓口時間内に銀行を訪れるために仕事を抜けるのも難しい。
また、日本の銀行も、一六八万六〇〇〇人いる在日外国人(法務省統計・二〇〇〇年末現在の登録者)に、窓口に殺到して欲しいとは思わないだろう。海外送金は煩雑で、日本人でも二〇分くらいかかるからだ。小川副部長は回答のなかで「日本の金融機関が不正送金に悪用されたことは知っております」という。しかしキョウダイの場合は、旧さくら銀がキョウダイのためにわざわざ開発した送金プログラムをキョウダイに使わせ、旧さくら銀の職員が集金のために日参した。悪用どころではない。共犯かもしれない。だが、同銀行は摘発されなかった。
マスコミは最近、“狂牛病“という用語を牛海綿状脳症(BSE)に変えた。「狂牛」という言葉が不正確で、誤解を招くからだ。ウシに配慮するヒューマニズム(?)があるならば、この「地下銀行」という用語も考え直せないものか。無自覚な差別的用語によって日本の人々に白い目を向けられるのは、労働力として日本を支え、家族とともに日本での暮らしを営み、その上で本国の家族に送金まで行う、在日デカセギ外国人とその家族だからだ。いうまでもないことだが、彼らは、人間である。
(注)「デカセギ」は出稼ぎ者および日本での就労行為を意味する現地語化した言葉。
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おおた ひろひと ライター。
〆
【『週刊金曜日』2002年8月23日号掲載原稿に一部加筆】
合掌
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